2013/01/31

豆まきとカゴメうた


2013年1月6日の早朝、ラジオから素敵なメッセージが流れてきました。
「私は、いつも物事をネガティブに受け止めていたのですが、一日に三つだけ感動した事を書くように心掛けたところ、まるで脳に魔法がかかってしまったかのようにポジティブな考え方ができる様になったのです。それで、私はそのノートの題を“魔法のノート”とすることにしました。今では孫たちにも作るように教えています。」 とのことでした。

”いい話”と感じた私は、早速”魔法のノート”を作り、三つ感動した事を書いて一日を終えるようにしています。一日に三つだけでも、一年も続ければそれは1000を越えてしまいます。だから脳に魔法がかかるのですね。お友達にも教えて皆で楽しんでいます。

ところで、”魔”という字を見てみると、”麻” と ”鬼” でできていることがわかります。
とても不思議な字ですね。



”鬼” の意味って難だろう?と内側に問いかけていると、今から二十年くらい前にお聞きしたお話を思い出しました。 それは、国常立尊(くにとこたちのみこと)様についてでした。 厳格な神であられた国常立尊様は、ある方たちにとってはとても厄介な御存在でした。そこで、国常立尊様は手足をもぎ取られ、丑寅(うしとら)の方向へ閉じ込められてしまわれたというのです。


豆まきの時の鬼とは、国常立尊様のことであり、二度と出てこられない様にという意味合いを込めて、”生”ではなく”煎った豆”を使うようになったということ…。
 
煎った豆からは芽が出ませんからね。
そしてその豆を「鬼は外、福は内!」といって鬼にぶつけるのが豆まきです。
 
 
国常立尊様は、手足をもぎ取られて閉じ込められてもなお、地球の事を想って下さっているとのお話…、今強く思い起こされます。
 
豆まきの時の鬼は国常立尊。丑寅の方向とは鬼門ともいいます。
そして、ある存在にとって厄介な存在が鬼だったのですね。
 
 
カゴメうたのカゴの中のトリも、国常立尊様のことかもしれませんね。
カゴの中に閉じ込められた国常立尊様、いついつ出てこられるのでしょう。
 
そういえば…あのカゴメうたの歌詞も不思議です。
夜明けの晩、鶴と亀、うしろの正面…すべて二極性です。
 
いよいよ私たちは自分自身を二極性の鎖から開放するときが来たように思います。
鶴と亀が統べる時ですね。
今年の豆まきは、「福は内、鬼も内!」と言って”生”の豆を感謝で蒔きたいものです。
 
 
目の前にある出来事の中からしっかりとメッセージ的シグナルを受け止める事ができたなら、もうそこには善悪二元論的思考は必要でなくなりますね。今ある事に、それがどんな事であれその中にメッセージを見つける事ができさえすれば、すべては喜びに変わります。すべて必要な出来事になります。
 
 
そのことに気づいてからというもの、私の心はとてもとても軽くなりました。
まさに魔法がかかったかのようです。

鬼さんから、「気づいてくれてありがとう」 と言ってもらえてる気がしています。
こちらこそ、「鬼さん、ありがとうございます」 なのです。
 
このことを分かち合える方々と結ばれますことを、心より願っております。
お読み頂きありがとうございます。